ダルマ宰相と呼ばれた蔵相、その七転び八起きの生涯
高橋是清は、近代日本の財政と経済を支えた人物として知られています。
丸みを帯びた体格と穏やかな人柄から「ダルマ宰相」の愛称で親しまれ、多くの国民に身近な政治家として受け止められていました。

現在、高橋是清の墓所は多磨霊園にあります。
その場所に立つことで、激動の時代を生き抜いた一人の政治家の歩みを、あらためて感じ取ることになります。

高橋是清とは
高橋是清は、1854年9月19日、江戸に生まれました。
旧姓は川村。幼名は和喜次。
不義の子として生を受け、生後四日で仙台藩士・高橋是忠覚治の養子となります。
養祖母のもとで、愛情と厳しさのある教育を受け、学ぶ機会を得ました。
1867年(慶応3年)、藩留学生として渡米。
しかし滞在先でだまされ、内容も分からぬまま署名させられ、年季奉公という事実上の奴隷契約を結ばされてしまいます。

翌年に脱出し帰国。
この過酷な経験は、是清の人生観を大きく形づくりました。
帰国後は本場で学んだ語学力を買われ、16歳で英語教師となるも、酒と芸者遊びに溺れ職を失います。
一時は芸妓のヒモとして暮らし、花柳界をさまよう生活を送りました。
しかしこの時期に、金の流れや人情、世の現実を身をもって学んだといわれています。

その後、教師に復帰し翻訳業を経て、1887年(明治20年)に初代特許局長に就任。
官僚として再起を果たします。
1889年にはペルーの銀山開発に失敗し、再び無一文となるものの、1892年に日本銀行入り。

副総裁時代には日露戦争の外債募集を成功させ、日本の国際的信用を高めました。
1911年、日本銀行総裁に就任。
その後は政界へ進み、大蔵大臣を七度務め、内閣総理大臣にも就任します。

丸みのある体格と親しみやすい人柄から、愛称は「ダルマさん」。
幾度も挫折と再起を繰り返した、その人生はまさに七転び八起きでした。
しかし1936年、二・二六事件により自宅で暗殺され、その生涯を閉じます。

高橋是清が残した足跡は、今も日本の歴史の中に息づいています。
激動の時代を生き抜いた一人の政治家として、その名は語り継がれ、墓所を訪れる人は、そこでその人生に思いを巡らせることになります。
高橋是清と多磨霊園の意外な縁
高橋是清の私邸は、現在の東京都港区赤坂七丁目にありました。
当時の敷地は約二千坪にも及ぶ広大なもので、政財界の要人が集う場でもありました。
1936年の二・二六事件。
高橋是清は、この邸宅の二階書斎において、青年将校らによって命を奪われます。
昭和史に残る悲劇の現場となったこの建物は、事件後も長く人々の記憶に刻まれる存在でした。

1938年、邸宅は東京市へ寄贈されます。
そして1941年、主屋部分は多磨霊園へ移築され、「仁翁閣(じんおうかく)」と名付けられました。
多磨霊園では、有料休憩所として一般に開放され、参拝者や来園者の憩いの場として親しまれます。

その後も長年にわたり利用されましたが、老朽化のため1975年(昭和50年)に閉鎖。
現在は小金井公園内の江戸東京たてもの園に「高橋是清邸」として復元保存され、歴史を今に伝えています。多磨霊園からは車で20分ほどの距離にあり、お墓参りのあとに時間の余裕があれば、足を延ばしてみるのも一つの選択肢でしょう。










墓所の場所と佇まい
高橋是清の墓所は、多磨霊園8区1種2側16番にあります。
園内でも比較的わかりやすい位置にあり、名誉霊域(7区特種)から噴水塔を挟んで、ちょうど向かい側付近にあたります。

広い園路に面して設けられた墓域は、周囲を低い石柵で整えられ、奥へとまっすぐ参道が伸びています。
視界が開けた場所にありながら、背後には高木が立ち並び、多磨霊園らしい落ち着いた空気に包まれています。



墓石は、正面に「正二位 大勲位 高橋是清墓」と刻まれた端正な造り。
左右に配置された石灯籠や付属石も過度な装飾はなく、全体として実務家らしい簡潔さが感じられます。



政治の中枢で激動の時代を生きた人物の墓所でありながら、過度な威圧感はなく、場所として淡々とそこに在る印象を受けます。


名誉霊域に近接していることもあり、人の往来は比較的多いエリアですが、墓前に立つと周囲の喧騒は不思議と気になりません。


広い空と樹木に囲まれたこの場所は、高橋是清という人物を、過度な演出なく受け止めているように感じられます。

多磨霊園を訪れた際には、噴水塔を目印に足を運ぶことで、比較的迷わず辿り着くことができる墓所です。
おわりに
高橋是清の人生は、決して一直線ではなく、挫折と再起を何度も重ねた歩みでした。
その経験の積み重ねが、非常時においても現実を見据えた判断力となり、日本の財政と国家を支える力につながっていったように思われます。
多磨霊園にある墓所は、そうした功績を声高に語ることはありません。
ただ一人の政治家が背負ってきた時間と責任を、そのまま受け止めています。
園内を歩き、墓前に立つことで、高橋是清という人物が生きた時代や、その選択の重みを、静かに感じ取ることができるはずです。

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